変わったのは、最後の一歩だけ
机の上の道のりは C→F→G→C です。3つ目のGまではどれも同じで、最後の和音だけを3通りに替えられます。Cで終わると、玄関の鍵を回したように「帰ってきた」と感じる人が多いようです。Gで止めると、次の言葉を待っているように宙に浮きます。Amに着くと、帰ってきたはずの家が少し違う家だったような、すかされた感じになります。私には、Amで終わる版が「ただいま」と言ったのに返事がない玄関のように聞こえました。
なぜGは落ち着かないのでしょう。Gの和音(ソ・シ・レ)の真ん中のシは、Cの土台のドまで半音ひとつ分の距離にいて、そこへ動きたがっています。Gで止めると、その「動きたい」が置き去りになります。Amの和音(ラ・ド・ミ)にはドが含まれているのに、いちばん下がラなので、中心に着いた感じにはなりません。
名前を知る
曲の中心になる和音を トニック(ここではC)、そこへ引っ張る和音を ドミナント(ここではG)と呼びます。ドミナントからトニックへ帰る流れが 終止(カデンツ) です。
ドミナント G
ソシレ
シは、ドの半音ひとつ下トニック C
ドミソ
シがドへ上がって、帰ってくるGで止める終わり方は半終止、Amに着く終わり方は偽終止と呼ばれます。「帰ってきた感じ」の正体は、ドミナントの中で動きたがっていた音が、トニックの土台の音に落ち着くことです。
理論上の事実
GからCへの動きが終止。Gに含まれるシ(導音)がドへ半音上がり、トニックに解決する。
景色(比喩)
この記事では、遠くの山道から家の灯りへ帰る、という絵で表しています。
感じ方(文脈で変わる)
安心・区切り・物足りなさ。テンポや余韻の長さ、最後の和音をどれだけ伸ばすかでも変わります。
Cで終わる曲だけが終わっている、というわけではありません。あえてGで止めて続きを想像させる曲や、Amに着いて余韻を残す曲もあります。帰ってこないことを選ぶのも、ひとつの終わり方です。
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切ないコード進行の、切なさはどこから来る?
明るい帰り道の途中で、和音がひとつだけ影のある形に変わる。FをFmに替えるだけで帰り道が変わる仕組みを、机の上で聴き比べます。
- 参考: Open Music Theory「Cadences」(終止の種類)
- 参考: Open Music Theory「Tonic, Dominant, and Predominant」(和音の役割)
- この記事の音は、ブラウザの中で合成しています。楽曲の録音や外部サービスは使っていません。

