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音の疑問 ・ 第2章 帰ってくる

曲が「終わった」と感じるのは、なぜ?

終わった感じの正体は、引っ張る和音のあとに中心の和音へ帰ってくること。最後の一歩だけ替えて、帰れた・浮いた・すかされたを机の上で聴き比べます。

さきに、こたえ

曲が終わったと感じるのは、引っ張る力のある和音(G)のあとに、曲の中心の和音(C)へ帰ってくるからです。同じ道のりでも、Gで止めると宙に浮き、Amに着くと肩すかしのように聞こえる人が多いようです。下の机で、最後の和音だけ替えて聴き比べてみてください。

2026.09.22 ・ 約5分

道のりは同じで、最後の一歩だけ変えてみよう。ちゃんと帰ってこられた?

今日の窓 / 木漏れ日
1Cド・ミ・ソ
2Fファ・ラ・ド
3Gソ・シ・レ
ここを入れ替えるCド・ミ・ソ

いまの響き

最後の和音で、帰ってきたかどうかが決まる。

C → F → G → C

音は操作したときだけ鳴ります

景色は、響きから想像したひとつの表現です。感じ方に正解はありません。

変わったのは、最後の一歩だけ

机の上の道のりは C→F→G→C です。3つ目のGまではどれも同じで、最後の和音だけを3通りに替えられます。Cで終わると、玄関の鍵を回したように「帰ってきた」と感じる人が多いようです。Gで止めると、次の言葉を待っているように宙に浮きます。Amに着くと、帰ってきたはずの家が少し違う家だったような、すかされた感じになります。私には、Amで終わる版が「ただいま」と言ったのに返事がない玄関のように聞こえました。

なぜGは落ち着かないのでしょう。Gの和音(ソ・シ・レ)の真ん中のシは、Cの土台のドまで半音ひとつ分の距離にいて、そこへ動きたがっています。Gで止めると、その「動きたい」が置き去りになります。Amの和音(ラ・ド・ミ)にはドが含まれているのに、いちばん下がラなので、中心に着いた感じにはなりません。

名前を知る

曲の中心になる和音を トニック(ここではC)、そこへ引っ張る和音を ドミナント(ここではG)と呼びます。ドミナントからトニックへ帰る流れが 終止(カデンツ) です。

ドミナント G

ソシレ

シは、ドの半音ひとつ下

トニック C

ドミソ

シがドへ上がって、帰ってくる

Gで止める終わり方は半終止、Amに着く終わり方は偽終止と呼ばれます。「帰ってきた感じ」の正体は、ドミナントの中で動きたがっていた音が、トニックの土台の音に落ち着くことです。

理論上の事実

GからCへの動きが終止。Gに含まれるシ(導音)がドへ半音上がり、トニックに解決する。

景色(比喩)

この記事では、遠くの山道から家の灯りへ帰る、という絵で表しています。

感じ方(文脈で変わる)

安心・区切り・物足りなさ。テンポや余韻の長さ、最後の和音をどれだけ伸ばすかでも変わります。

Cで終わる曲だけが終わっている、というわけではありません。あえてGで止めて続きを想像させる曲や、Amに着いて余韻を残す曲もあります。帰ってこないことを選ぶのも、ひとつの終わり方です。

アトリエに新しい部屋ができたら、一度だけお知らせします。